2015年3月26日木曜日

庭作り開始


ようやく庭作りが始まった。義兄姉の応援をもらいながら丸森の造園業者に進めてもらった。家の東側にあった土砂を利用して築山を作り、嵩上げの擁壁の所には花壇を作った。
蔵王町の植木センターから仕入れたサツキを下に、ドウダンを上に配置した。築山にはシダレザクラを植えた。その他いただいたシャラの木や柘植を玄関脇に置き、メインの木とした。角田の家から持ってきたイチイその他多くの木も有効に使った。同じ開墾場のWさん宅からは庭石もいくつかいただき庭らしくなった。
このほか西側の空き地にシラカシとクロマツを防風林にすべく合わせて50本植えた。強い風を避けるまでには15年くらいはかかるそうだが楽しみだ。

2015年3月23日月曜日

吉田保育所

長瀞小学校の西隣に吉田保育所が完成落成した。シートを被った建設中は、屋根が円形でいったいどんな建物になるのだろうかと不思議に思っていた。長小の教頭さんに聞くと、設計者の遊び心でタコをイメージした作りなのだそうだ。できあがった写真(河北新報)を見ると、可愛らしい外観が子供たちを喜ばせそうだ。新学期を待たずに園児の登園が始まったようだ。また開墾場が少し賑やかになるようで嬉しい。

2015年3月14日土曜日

枯松伐採

震災後、西手の土手にあった松が次々に枯れた。すぐに枯れた数本は、その年の秋に杉の伐採時に切り倒した。その後も1本、また1本と枯れた。北西の角の松は2年以上が過ぎた。突然倒れては危険なので、春になる前にと角田にある森林組合に伐採を依頼した。
 で、今日の作業となった。手順は、まず木の幹に梯子をかけ高さ3m位にワイヤーをかけ、チェーンソーで切り込みを入れ、ワイヤーを引く。すると狙った方向に倒れる。次に手分けして適当な長さに切り分け、枝を落とし、積み上げると次第だ。
 今回、まだ緑の葉をつけていた2本も枯れが懸念される状態だったのでそれも切り倒した。で、西手に残るのは、欅2本と笹や竹だけとなった。少し寂しいが、倒れる心配が無くなったので、止むを得ない。

2015年3月3日火曜日

堤人形のひな人形

  日本三大泥人形の一つ、堤人形のひな飾りを飾った。仙台の学校に勤めていた時、製作者の芳賀さんの娘さんを受け持ち、その時に堤町の店に行って注文、だいぶ待って手に入れた。人形以外の緋毛氈や雪洞、屏風などは別に家内が買ってきた。(先日テレビで3年待ちの人気と紹介していた)
 津波の時は、幸いにも天袋に入れていたため被害を免れた。昨年3月末に亘理の新居に越してきたので、ここに飾るのは震災後初めてだ。写真を撮ろうとしたら、猫のミーが前に入ってきた。

2015年2月17日火曜日

長瀞小三松(みまつ)のスツール

うちの子供たちが通った長瀞小学校の校庭の真ん中に松が生えていた。初めは校庭の端にあったものが、校庭を拡張した際に真ん中に位置したものらしく、根元から3本に分かれているので三松と呼ばれていた。邪魔ではあるが、学校のシンボルでもあった。運動会にはこの木を真ん中にして、徒競走をしたり、騎馬戦などをした。
それが、津波で枯れてしまった。写真下は3月12日のものだ。地面はまだ水がたまっている。昨日「学び支援」で学校に行くと教頭先生がその松で作られたベンチを見せてくれた。シルバー人材センターに頼んで作ってもらったという。だいぶ大きな一枚板でできており、私の作ったテーブルより立派にできていた。写真上は、今日の河北新報に掲載された児童が座ってみた写真だ。

2015年2月3日火曜日

大雪

南岸低気圧の襲来により、太平洋沿岸にも降雪が予報されていた。昨日の昼頃から降り始め、夜半に相当降り積もった。今朝、玄関先で定規をあててみるとおよそ20㎝。このあたりでは大雪にあたる。雪掃きは、玄関先と勝手口をスコップで行うに止めた。広く行うには際限がないし、私の右腕の痛みがあるのだ。で、四駆の車を何度も往復して圧雪状態を作った。これで、歩くに支障なく、陽が射せば溶ける。2日後大方は溶けた。

大行院どんと祭

震災前はすぐ近くのお不動さんで消防団の方が立ち会ってどんと祭をしていた。そのお不動さんがなくなっている現状から、長瀞にある大行院で行うと、回覧板で知った。我が家の地鎮祭を執り行ってくれたところだ。自転車に正月飾りを持って出かけた。すぐ終わるかと思っていたが、装束を付けて法螺貝を吹き呪文を唱えてからの点火となり時間を要した。火に当たるとその年の健康が約束されると言われている。