2017年4月22日土曜日

旭山桜も満開です

去年娘からもらった旭山桜も満開になりました。2年目に咲かせるのは難しいのよ、と妻は自慢げでした。

2017年4月19日水曜日

福島県北の満開のサクラ

合戦場のシダレザクラ
中島の地蔵ザクラ
駒ザクラ
二本松と川俣で満開のサクラを見た。
▶合戦場のシダレザクラ。八幡太郎義家と安倍貞任・宗任との合戦場と伝わる地に立つ2本のベニシダレザクラ。「三春の滝桜」の孫桜と言われており、滝が落ちるような見事な紅の花を咲かせる。推定樹齢は170年。
中島の地蔵ザクラ。ベニシダレザクラで推定樹齢150年。水面に映る姿も美しい。
▶秋山の駒ザクラ。500年以上のエドヒガン。

2017年4月18日火曜日

ラスコー展を見た

利府の海

ラスコー展
大学時代の先輩を利府町のアトリエに訪ねた。
4年先輩だが、度々でスキーに誘ってくれた。また、教員2年目には、奥さんも2年上の方だったが、旦那の鼎が浦女子高への転勤に伴って私と同じ唐桑中学校に配属されたのだ。そんなに大きな学校ではなかったので、美術教員2人は多すぎる。で、私が先に転出となった。学校近くの先輩のお宅には度々お邪魔したりした。思えば、いろいろお世話になったと思う。そんな感謝の気持ちを伝えたいと思ったのだ。

利府と言っても県民の森がある内陸部の方でなく、海から100m位しか離れていない。やはり震災では、床上浸水となって大変だったらしい。その他諸々2時間ばかり話をして、辞去した。

帰りに、東北歴史博物館で開かれている「ラスコー展」を見た。
精緻な洞窟壁画で知られる。展示物を見て改めて知ったことがあった。一つはクロマニヨン人は現代人と同じホモサピエンスであること。DNAの分析でわかったそうだ。それから、動物の彩色には岩石から作った絵具である顔料を使っていたことだ。洞窟の床面にあったそうだ。
それから、もしかすると彼らの残したような造形物が日本にもあったかも知れないと言う。だが、残念なことに高温多湿な環境では残りえなかったと言う。ロマン膨らむ展示であった。

わが家のサクラも満開



2017年4月16日日曜日

山下一小のサクラ



父を誘ってサクラを見に出かけた。
亘理公園と鹿島天足和気神社のソメイヨシノ、三品さん宅のシダレザクラ、尊久老稲荷神社の「種蒔桜」エドヒガンを見て、山下第一小学校に行った。

ここは、父の出身校であり、父と妻の勤務校でもあった。
なんでも戦後物資不足の折り、自慢のサクラを切り炭にして小学1、2年生の暖房に使ったそうだ。
その後、校歌にあるサクラがないとい言う児童の声を受けて新たにサクラを植えた。これが今見るサクラと言う。

なお、校歌は父が詩を書いた。これは、戦後校歌を作ろうと町民から詩を募集した。自分の母校であり、町民であったので応募したのだと言う。

2017年4月14日金曜日

亘理サクラも満開になった


先日知った町内神宮寺の米山さん宅のサクラを見に出かけた。亘理公園で自転車を下し、10分くらいか。庭先にあるシダレザクラは樹齢350年とか。赤とピンクの咲き分けのツバキと対照的だった。その先のリンゴ畑へ向かう小道にカタクリやイチリンソウがそこかしこに花を見せていた。

▶亘理公園に戻り、園内の散策道を一周。好きなサクラの一つのヤマザクラが雑木林の中にあった。

▶震災前のわが家には3つのサクラがあった。1つは母屋の真ん前にソメイヨシノ。2つ目は木小屋の前に八重桜。3つ目が竹やぶの隅のヤマザクラの大木だった。
樹木や花に囲まれた家が好きなので、2年前にシダレザクラの若木を植えた。春先のこの辺は浜風のせいで気温が低く、毎日のように強い風が吹く。わが家のサクラもようやく花を開き始めた。

2017年4月8日土曜日

初めてのトラクター


初めてのトラクター。3年前角田から開墾場に戻った際に、自宅再建の祝いに頂いた中古品だ。やっと義兄に操作を教わった。
▶タイヤに空気を入れ、軽油を買ってきてタンクに入れた。トラクタは、あちこちにレバーやら何やらがあり、簡単に言うと戦車と同じような仕組みらしい。
▶エンジンのかけ方、レバーの入れ方、ローターの上げ下ろしを教わり、畑を耕した。おそらく作業は小一時間位だろうが、かなり疲れた。

蛭塚植樹祭に参加した





写真上は下枝空撮写真部屋からお借りした阿武隈川河口にある潟湖「鳥の海」と中央にある島「蛭塚」だ。藩政時代は伊達の殿様の保養地だったらしい。荒浜の御狩屋(地名)から橋が架けられ渡ることができた。
樹木が生い茂り、海水が混じる水域もある貴重な所だった。
震災後に行ってみたら、橋には車が引っ掛かり、ガレキで埋まっていた。
▶6年が経過し県の事業で整備され、植樹祭が催された。県知事(代理)、町長、グリーンベルトプロジェクト理事3名がセレモニーを行い、その後私を含め100人ほどの参加者がグループに分かれシラカシ等の苗木を植えた。10年、20年後の成長した姿が楽しみだ。

堤防を走ってみた


開墾場の直東の避難丘はシンプルで吉田浜のようなトイレは当然として、駐車スペースも整備されてなかった。もう一つ北の鳥の海側の避難丘に寄り、海に出てみた。
前回来たのは、ロックフィルダムのような大きな砕石による仮堤防の時だった。今回、下の写真のように堅牢な作りの堤防に変わっていた。高さも幅も十分で安心感がある。
堤防上は自転車なら走れるように真っ平なので、山元町側の牛橋河口まで快適に走ることができた。吉田東部まちづくり協議会内で話題に上がる「鳴り砂」の浜は、流木やごみで汚れていた。

2017年4月5日水曜日

ツバキが美しかった

今年初めての観察会は、ツバキがメインだった。蔵王町や白石市等いたる所にあり、中には大木も多数あった。赤花が大半だが白花もあった。実を一つ拾い、家に帰って植えた。芽を出すだろうか。
白石城ではセイヨウシャクナゲが赤い花を咲かせ始めていた。
福島に入り、桑折町の半田山自然公園の林の中は、一面にショウジョウバカマが広がり、一輪だけ花を開かせていた。
国見町三吉神社では、参道階段脇にキズタが植えられ、社には氏子たちが綯ったという大きなしめ縄が祭られていた。
今回の昼食場所は、冬に鯉を取ることで知られる白石市馬牛沼畔。食べ終わって下を見たら、フキノトウがあちこちにあり、採取し夕食に天ぷらで食べた。
蔵王町に戻り、街道沿いなどでシキミやアズマイチゲ、だるま杉を見た。