父が近所の方から「荒浜は変わった。立派な堤防もできたらしい。」と聞き自転車で出かけたいと話していた。91歳になる年齢のことがあり、疲れるのではないか心配で、車に乗せて見に行った。
まず子どもの頃よく自転車で行ったように、大畑浜から海に向かった。鳥の海沿いの道は去年と同じように途中から通行止めだ。しかし、応急のロックフィル堤防から立派なコンクリートの堤防が遠くに見えた。道を引き返し、長瀞浜から入ろうと思った。しかし、ここも排水機場の手前で写真のように通行止めだ。再び道を戻り、浜街道から荒浜街道、亘理温泉まで行き、少し戻って蛭島の手前まで行ってみた。蛭島は樹木は一つもなく何やら護岸工事がされていたが、やはりその先には進めない。震災前は家からまっすぐ鳥の海沿いに荒浜まですぐだったのに、今はぐるっと遠回りしないとたどり着けない。これでは父が自転車で来ても殆ど進めなかったかもしれない。
亘理町の中で一番被害が大きかった荒浜は、この2学期から再開する荒浜中学校の校舎や災害公営住宅の建築が進んでいるが、いまだに更地のままの所が多い。わが家も含め、壊れた家は新しく建てられ、津波の痕跡が僅かになった開墾場とは大きな違いを実感した。
2014年6月26日木曜日
2014年6月6日金曜日
板塀が出来上がった
ここには大谷石の石塀があったが、津波で破壊されコンクリートの基礎だけが残されていた。元のような背の高い塀は不要だが、やはり外の道路と隔てるものは欲しい。そこで、板塀を作った。いつも利用しているダイショップから園芸杭を買い、大きなカケヤで地面に打ち込んだ。そこに、我が家の杉板に防腐剤を塗ったものをコーススレッドで固定した。強風で倒れても困るので、板は隙間をあけて並べ、隣と20センチばかり間隔を取っている。今は少々殺風景だが、地面から伸び出しているノウゼンカツラやその他の低木、草花が彩りを見せてくれるに違いない。
2014年6月2日月曜日
穏やかな夕景だ
2014年5月25日日曜日
2014年5月16日金曜日
亘理は毎日が強風と言っては言いすぎですが…
亘理に戻って閉口している事が一つある。午後になると毎日の様に強風が吹く事だ。引っ越しの翌日テレビのアンテナ設置をして貰ったが、あまりの風の強さに工事業者が、その日の作業を中止せざるを得なかったほどだ。
この日は特別で、二階から見た西手の道路は巻上げられた土で家や走るクルマが霞んで見えた。
明治の中ごろ、この地を開墾した先祖は、作物を植えても風で飛ばされてばかりで初めの10年位は収穫できなかったそうだ。今は強風から家や田畑を護る防風林が震災の津波の塩害でなくなっている。明治の時代もこんな感じだったのだろうか。
防風林の居具根はないし、宅地は嵩上げで高くなっている。なんとかしたいところだ。
この日は特別で、二階から見た西手の道路は巻上げられた土で家や走るクルマが霞んで見えた。
明治の中ごろ、この地を開墾した先祖は、作物を植えても風で飛ばされてばかりで初めの10年位は収穫できなかったそうだ。今は強風から家や田畑を護る防風林が震災の津波の塩害でなくなっている。明治の時代もこんな感じだったのだろうか。
防風林の居具根はないし、宅地は嵩上げで高くなっている。なんとかしたいところだ。
2014年5月11日日曜日
山形市野草園に
亘理のSさんとの山旅、今年のスタートは山形市野草園。蔵王の中腹にある。仙台の野草園が街の中に作られた自然というイメージに対して、こちらは大自然の懐に抱かれた感じだ。数え切れないほどに説明板が置かれ展示されている。
これはミヤマカスミザクラ、世界にたった一つの木だそうだ。花の時から赤みを帯びた葉が出ている山桜があるが、これはまたまったく違った印象だ。
帰りに土産の3種を求めた。
これはミヤマカスミザクラ、世界にたった一つの木だそうだ。花の時から赤みを帯びた葉が出ている山桜があるが、これはまたまったく違った印象だ。
帰りに土産の3種を求めた。
2014年4月27日日曜日
製材された板が届いた
100年以上前からこの開墾場集落に住むわが家には竹林と杉林のイグネがあった。津波の塩害で枯れた杉やケヤキ、桜の木を活用したいと角田市のW製材に加工を依頼していた。震災の年に伐採した杉は主に塀や整理棚を作り、5年ばかり前に伐採し乾燥させていたケヤキでは座卓を作りたい。
昨年家の建築のために伐採したケヤキや桜は厚さ15センチ程に挽き何年か後に使えるようにとって置く。
震災前およそ100軒あった開墾場は私の家が戻って62軒目と区長さんに聞いた。ちょっとさびしい話だが、建設中の小学校はこの2学期に仮校舎の吉田中から戻る。明るい話題だ。
昨年家の建築のために伐採したケヤキや桜は厚さ15センチ程に挽き何年か後に使えるようにとって置く。
震災前およそ100軒あった開墾場は私の家が戻って62軒目と区長さんに聞いた。ちょっとさびしい話だが、建設中の小学校はこの2学期に仮校舎の吉田中から戻る。明るい話題だ。
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